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退職を決めました。
ほんでもって就職が決まりました。
簡単に言うと転職?

きっかけはとんでもなく遥か遠い地区への移動命令。しかも昇進なしでその見込みもなし。
ただでさえ帰宅時間が遅いことに対して家庭内での不協和音が出始めていたこの頃。
それに加えての鬼嫁の長引く体調不良。
仕事だから我慢しなくちゃとも思ったけど、やっぱり無理。
だって移動先は勤務終了後、家に帰る手段がなくなっちゃうような場所。
それは引越せということ?引越し代出してくれるの?それとも帰りのタクシー代全額支給ってこと?
いずれも会社の答えは当然のごとくNO。
営業や成績やテストの数字に翻弄される自分への憤りもあり、続けていけるんだろうかという不安が大きくなっていきました。
それと前後して自分に合った求人を発見し、「これっていいかもね。試しに出してみるわ。」と、けっこうかる~い気持ちで応募したら受かっちゃったもんで、じゃあそっちに行きましょうと。

今度の仕事は自分の専門性をかなり活かせるっていうか、その道の専門じゃなきゃできない職種。
もちろん日中の仕事。
しかも土日祝日夏季冬季休み付き。
そしてとても重要だったのが、死んだ父ちゃんも副業でしたが約40年前に同じ仕事をしていたという点。
ついでに言うと、そこで母ちゃんと出会ったそうです。
給料はほんとにかなり安いから、きっと掛け持ちしてバイトとかしなくちゃいけなくなるんだろうけど、それを差し引いてもそっちに行くべきなんだろうと、鬼嫁との半月に渡る慎重な協議の上での決断です。

会社の都合で一方的に首を切られてしまったり、再就職しようとしても雇用先が見つからなかったり、新卒でさえ就職することが困難だったりする人が大勢いるこのご時勢で、自分のやりたい道を選択でき、そこに向かっていけることに幸せを感じます。
年も年だし、安定や将来性を考えなくてはいけないことは重々承知です。
不安がないと言ったら嘘になります。
それでもこの転職が将来の自分と鬼嫁にとって必ずプラスになると信じて進みます。
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私、体育の人間です。
体育会系ではなく、体育。
この違いには若干こだわりがあって、体育を学んだということであって、運動のスペシャリストではないということ。

子供の頃から体を動かすのが大好き。
学校から帰ってきてはランドセルを置いて、すぐ近所の公園へ行き、野球やドッチボールや缶けりに興じる日々。
それなりの街中に住んでいたけど、きっと今の都会っ子みたいじゃなく、むしろどっちかというと田舎の野生児っぽく育っていたと思います。
それに加えて死んだ親父も体育の人間でサッカーをやっていたこともあり、幼い頃からいろんなスポーツやアウトドアを体験させられ、知らず知らずのうちに運動能力が付いていったんだと思われます。
なかでも走るのは速かったらしく、小学校では6年間リレーの選手。
ちゃんと計測したことはありませんが、100mのMAXは大学1年のときの11秒4。

4年生のときに、必然のようにサッカー少年団に入り、それ以降、中学1年で身長が130cmしかなくて背を伸ばしたいからという理由で1年間だけバスケ部に入っていた以外は大学までずっとサッカー部。
中学・高校ではキャプテンで、高校2年のとき性格の悪い3年生軍団と不仲だったこともあって補欠だったけど冬の選手権で全道大会の準決勝まで進み試合がTV中継をされたのは、かなり薄い記憶だけどいい思い出です。
この試合、大学同期の山Zくんが見ていたらしく、やる気なさそうにメガネをかけてベンチに座っている自分に後から気づき笑っていたそうな。

でもだからといってサッカーがうまかったわけではなく、ボールを蹴ったりトラップしたりする技術は人並み以下。特にヘディングは大大大っ嫌いで、高いボールがきたら知らんぷりしていたことは多々ありました。
それでも大学2年のとき、紅白戦で先輩のヤクザキックを膝にくらい靭帯を切っていたとき以外はいつもコンスタントに試合に出れたのは、速かった足のおかげであることは間違いありません。

大学には2次試験が実技と面接で筆記試験がないという部分が大きな理由で、体育科に入学。
4年間体育という学問を学びました。いや正確に言うと学んだフリをしていました。
就職してからも、サッカー・バスケに加え、テニスにバドミントン、野球にスキーと職場スポーツを率先して行い、バレーと卓球以外はかなりの腕前だったと自負しております。


仕事が変わってからはめっきり体育にかかわることがなくなりました。
最近は55歳でホノルルマラソンを完走し、2年前には第1回東京マラソンを5時間台で走破した母親の影響から、走ることに興味を示しているぐらい。
夜11時に帰宅し、それからビールを飲みご飯を食べて、1時間もしないうちに寝ているという生活も重なって、すっかりメタボ体系になってきてしまいました。
このままではまずい。
雪がとけて暖かくなったら、走ることを中心に生活改善を行うことを決心しています。
20歳の頃とまではいかなくっても、せめて体重5kg減を目指します。
やっぱり自分にとって体育は必要不可欠なんだと言い聞かせて。
現在、私学習塾経営を主たる業務とする会社に勤めております。
塾といえば中学生。中学生と言えば、この時期はお受験。
先日は私立高校の入試がありました。
最近は私立高校の入試にもA日程・B日程なんてものもあったりして。
公立高校もレベルが変わってきて、自分が行っていた高校は当時の自分のランクじゃ受けさせてもくれないようになってるし、今年から石狩管内1学区制とかになって、ますます自分の頭は混乱していってる次第です。

自分は勉強はほんとに嫌いでした。
高校に行くためには受験があって、そのためには日々の学校生活から意識しなくちゃいけないなんて、これっぽっちも気にかけない生活をしていました。
今かかわっている生徒たちに「提出物はちゃんと出せよ。そういうとこから成績につながるんだから。」とか言いつつも、期限を守らないことはおろか、勝手に抹消したりしている自分がいたことを思い出します。

自分が受験だった年の確か12月くらい。ファミコンのドラゴンクエストⅢが発売されました。
予約して購入したものの、「受験が終わるまでは」と親に隠されてしまいました。
しかしそういうことには目ざとい自分はちゃっかり隠し場所を発見し、当時母親も外に働きに行っていたのをいいことに、冬休み中や学校から早く帰ってきてはこっそりドラクエに興じる日々。
試験前日も下見の帰りに友達の家にいって麻雀。
そんなんだったけど、学校の成績は悪くてもテストの点数は取れていたので、高校には無事入ることができちゃいました。
高校入試で学んだことは、勉強なんかしなくってもぜんぜん何とかなるもんだ♪ということ。
そして、そのまんま大人になってしまいました。

今でもその思いは変わっていません。
勉強は自分の目標に合わせて必要最低限でかまわない。
将来医者になりたいんだったら今から必死に勉強すればいいし、アイドルになりたいんなら勉強なんかしなくってもおバカキャラでぜんぜんやっていけるし、スポーツ選手になりたいんだったら勉強してる時間があったら外で走ってるほうが将来の役には立つはず。
「今はやりたいことはわからないけど、とりあえず高校くらいは行っとかないと。」とか「親が私立はだめ。公立もこのレベルの学校じゃなきゃだめって言うから。」とか「このぐらいの高校に行かなくちゃ恥ずかしいし。」って言ってる中学3年生の生徒たち。
中1~2年生にしたって、訳もわからずやる気もなく、ローマ字すら読めないのに不定詞や関係代名詞を教わっている生徒。
将来のことを考えて進路を決めようとしていたり、日々勉学に励んでいる中学生の方が少ないのは明白です。自分も目標をもって高校に行こうとしていたかと言うと、そんなことは全くありません。

自分が立派な大人になってるとは思わないけど、仕事以外の部分ではかなり恵まれた幸せな人生を送ってます。
それは自分に勉強しなくってもそれなりの学力が備わってたからなのか、親がしっかりとしつけてくれたからなのか、はたまた運がいいだけなのか。

いずれにせよ、そんなことは考えもしないで今日も通ってくる生徒に三平方の定理の説明をします。
なんか矛盾してるなぁ。
先週から鬼嫁の胃の具合がよくありません。
最初は先々週から外食が多く、おいしいもの食べ過ぎて胃がびっくりしちゃったのかと思ってたけど、ムカムカが10日近く続いていて、薬を処方してもらってもあまり改善しません。
とうとう本日胃カメラによる検査を行うこととなりました。

さっきメールがきて、とりあえずは異常なしとのことで一安心。
となると原因は…

間違いなくストレス。
ストレッサーはおれ?じゃなくて仕事であることは疑いの余地なし。
毎晩聞かされる悲惨な状況。
人の命を扱う場所なのに、そこで働く人の体や精神のことなんかはこれっぽちも気にしてくれないのね。
働くって難しいと思い、自分のことと合わせて腕組みしながら「ムムムゥ」と唸ってしまう日々が続いています。
昨日は仕事が休み。
鬼嫁も半日出勤だったので、待ち合わせて焼肉「徳寿」でランチを食べました。
和牛カルビ丼セットに昼間っから生ビール。
幸せいっぱいでした。
その後ちょっと大きい買い物をするために徘徊。
東急→ヨドバシ→ビックカメラ→大丸→ヨドバシ→ステラプレイス→ビックカメラ→大丸。
これだけ回って、ようやくお目当ての物を買うことができましたが、さすがに疲れたので夕食も外で済ますことに。
鬼嫁は行ったことがなく、自分は母ちゃんと1回だけ行ってそれはそれは鬼嫁に恨まれたことがある回転寿司「花まる」へ行きました。
席は厨房から出てきたばっかりの新鮮なネタを最初に確保できる好ポイントで、またもや生ビールを飲みつつ、回ってくる寿司を慎重に吟味していました。
胃袋具合も終盤にかかり最後の締めの皿をえんがわにしようかあなごにしようか迷っていると、「根室産 ぶどうえび」と旗のついた皿が厨房から出てくるが見えました。
ぶどうえび。テレビでは見たことがある幻のえび。一度は食べてみたいと思ってたえび。
皿の色は一番高い400円。
一瞬躊躇しましたが、2周目はないと思いすかさずGET。
殻の色はあんまり赤くなくて、どちらかと言えば紫っぽくも見えるその姿。
甘えびともぼたんえびとも違う味。超激ウマでした。
50分も並んだ甲斐がありました。
結局帰宅したのは21時過ぎでかなり疲れましたが、なかなか幸せな1日でした♪


悩んでるにもかかわらずな~にやってんだと思うけど、苦しいときほど楽しいことをしなくちゃと考えるお気楽人生。
昨日「みなさんのおかげでした」に出てた武豊も言ってました。
『なるように なるでしょう』
なんて素敵な言葉でしょ。
今日もなるようにしかなりません。
ちなみに本日はXデー。やったるデー。
先週は鬼嫁の誕生日WEEK。まさにアラフォー世代突入です。
当日の5日は仕事が休みだったので、仕事帰りの鬼嫁と待ち合わせてイタリアンを食し、8日の日曜は母ちゃんのご招待で弟君と4人でミクニでディナー。
初めてミクニに行きましたが、普段から人がいっぱいで、それに加えて雪祭り観光客で騒然としたステラプレイスの中にあんな空間があったとは。
ジャケット着用とか言われたのでいやいやながらスーツを着ていったけど、それも納得のたたずまい。
結局スーツやネクタイはおろかジャケットを着る必要すらまったくなかったみたいだけど。
ワインも料理もすばらしかったですが、値段もビックリ。串鳥20回くらい行けちゃいます。
でもきっと一生で片手で数えてもおつりがくるくらいしか行かないので、ひじょーに貴重な楽しい時間でした。

さて楽しいことはめいっぱい楽しみつつも、とても重大な決断をせまられています。
こんなに悩んだことはないっていうくらい、頭使ってます。

家族にとって、一番よいのは何なのか。
自分にとって、一番よいのは何をすることなのか。
自分の周りのみんなが笑顔で過ごすために、自分はどうあるべきか。
今の自分にできることは何なのか。
将来自分は何がしたいのか。
そこに未来はあるのか。

考えまくってるとついつい酒の量が増えて、いつの間にか寝ちゃってて、ついでに朝も起きられない日々です。
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